ソムリエ朝倉達也です。
昨日はボージョレー・ヌーボーの解禁日でした。多少ではありますが私の職場でも仕入れています。
本当にピュアな味わいでスルスル飲めてしまう恐ろしい飲み物です。
以前ほどの盛況ぶりに比べると少し落ち着いたかなと思われますが、それでもこの時期になるとワインを飲まない方もコンビニにヌーボーがあるとついつい手が伸びてしまうみたいで、、これをきっかけにワインに興味を持ってもらえたら、、と思ってしまうものです。
よく「ヌーボーを祝うのは日本だけだ」と馬鹿にする方もいらっしゃいますが、確かにそうです。ボージョレー・ヌーボーの市場はほぼ日本だけと言っても過言ではありません。けれど私はそれで構わないと思うし、むしろ日本人の性質にフィットしたから今でも根付くような習慣になったのではないかと思います。
ヌーボー、いわゆる新酒と言うものはその年に収穫したブドウを最速で醸造し、ワインとして飲める状態にした走りの飲み物です。
様々な目的こそあるでしょうが、生産者としてはブドウの収穫を一大イベントです。
それが無事に終わったことで「今年も無事に収穫できた、良かった」という、収穫の労働を労う意味で新酒を楽しむという意味合いもあります。これはどこの国でも行われ、イタリア、ドイツ、オーストリアでも新種はありますし、ボージョレー以外にもフランスの各地にヌーボーは存在します。
ボージョレーにフォーカスしたヌーボーは組織のマーケティングの一環なのです。
日本も古来ではコメの収穫が終わると、それを祝うための宴や祭りが催されました。いわゆる農耕民族の古くからの習慣なのです。とても自然なことです。
ですがそれ以上に大事なことは、ヌーボーのタイミングだけで消費者に注目してもらうのでなく、ボージョレーという産地のワインを継続してPRしてゆくことだと思います。
ボージョレーのワインはフードフレンドリーですし、近郊の大都市リヨンでは地酒として人々の生活とは切っても切り離せない存在です。
そして私も現地を訪問し、あるドメーヌのセラーで1974年の村名ボジョレーをテイスティングし、熟成したピノノワールのような複雑さにとても驚かされた経験があります。
ボージョレーはヌーボーだけでなく、熟成に耐えうるものもあると知った瞬間でした。
Beaujolais Village Nouveau / Domaine de la Madone 2021

私のレストランで採用しているヌーボーはマドンヌというドメーヌのものですが、本当に秀逸な年にのみ生産する「キュヴェ・ジャン・バティスト」という上級の銘柄もあり、これが本当に手放しで素晴らしいのです。
もちろんこのヌーボーも秀逸で、生き生きとした果実味があり、本物のブドウを頬張ったかのようなジューシーさが生きている喜びを感じさせてくれるような充実した余韻を形成します。
毎年のようにプロモーションのセールストークとして
「〜のようなヴィンテージ」と形容されますがヴィンテージの良し悪しはヌーボーに関しては気にしなくて良いのでは?と私は思います。
ただ単純に、この習慣を楽しむことにフォーカスする。それでいいんです。
そしてこれを機にもっと皆様にワインを飲む習慣が根付けばと切に願います。
メゾンドタカ芦屋 朝倉達也